600年の名湯を次の時代へ。長門湯本温泉における地域共創プロジェクト

600年の名湯を次の時代へ。長門湯本温泉における地域共創プロジェクト

全国の温泉地が直面する衰退と事業承継の問題。山口県最古の温泉地である長門湯本温泉も例外ではありませんでした。旅行スタイルの変化と人口減少により宿泊者は減少し、温泉街の中心に位置する創業120年の老舗旅館「六角堂」も後継者不在という深刻な課題を抱えていました。

 

こうした状況に対し、株式会社山口フィナンシャルグループ(YMFG)は2017年以降、長門市や地域事業者と連携し、温泉街全体の再生に取り組んできました。2019年には中国地方で初となる、一般財団法人民間都市開発推進機構との共同出資によるマネジメント型まちづくりファンド「長門湯本温泉まちづくりファンド投資事業有限責任組合」(以下、長門湯本温泉まちづくりファンド)を組成。立ち寄り湯「恩湯」の再建を皮切りに、「六角堂」の事業承継へと連鎖的にプロジェクトを展開しました。グループ3社(山口銀行、株式会社YMFG ZONEプラニング(YM-ZOP)、株式会社YMFGキャピタル(YCAP))が連携し、融資・コンサルティング・出資を組み合わせた総合的な支援により旅館再生を実現。2025年3月には、複合施設「SOIL Nagatoyumoto」として開業し、地域にもたらした経済的インパクトは13億円に達しています。

 

本記事では、YMFGがどのように温泉街再生に関わり、地域共創を実現したのか、その取り組みをご紹介します。

1.名湯の衰退と、老舗旅館が抱えた事業承継の課題

音信川のせせらぎに沿って広がる、山口県長門市の長門湯本温泉。室町時代の1427年、大寧寺の定庵禅師が住吉大明神のお告げにより発見したと伝えられる、山口県最古の温泉です。江戸時代には藩主が湯治に訪れ、明治から昭和にかけては全国から観光客が集う名湯として栄えました。しかし、バブル崩壊後の観光不況と人口減少の波は、この小さな温泉街にも容赦なく押し寄せます。宿泊者数は大きく落ち込み、2014年には街で150年続いた老舗ホテルが廃業。まち歩きを楽しむ人々の姿も次第に消えていきました。

 

転機となったのは2016年。長門市が星野リゾートと協働し、「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を策定したことです。行政任せではなく、民間企業・行政・専門家が一丸となり、数十回に及ぶ議論を重ねながら、温泉街の魅力づくりに本格的に取り組み始めました。

その取り組みは着実に形になり、2020年には「星野リゾート 界 長門」が開業し、地域の若手によって立ち寄り湯「恩湯」も再建されました。音信川沿いに「外湯」「食べ歩き」「そぞろ歩き」など6つの楽しみ方が設定され、温泉街は自由に楽しめる回遊性のある空間へと生まれ変わりました。全国の観光地から注目を集めるまでに息を吹き返した長門湯本温泉。その裏側で、YMFGは重要な役割を担っていました。

2.中国地方初のまちづくりファンドが可能にした「連鎖的投資」

2017年、山口銀行とYM-ZOPは長門市と「地方創生に係る包括連携協定」を締結。新たな民間投資を呼び込み、創業支援や事業承継など地域課題の解決に向けた活動を本格化させます。その中核となったのが、2019年に組成された「長門湯本温泉まちづくりファンド」でした。

グループ3社連携で組成した、中国地方初の長門湯本温泉まちづくりファンド

長門湯本温泉まちづくりファンドは、山口銀行と国土交通大臣指定法人である民間都市開発推進機構が共同出資して組成した官民ファンドで、ファンド規模は1億円、存続期間は15年間です。中国地方において、地域金融機関がマネジメント型まちづくりファンドへ出資する、初の取り組みとなりました。

 

ファンドの運営には、YMFG3社がそれぞれの強みを持ち寄っています。山口銀行は有限責任組合員として出資し、金融面から事業を支援。YCAPは無限責任組合員としてファンド運営を担当。YM-ZOPは「スクール&ファンド」という手法を提案し、事業者オーディションの開催や事業化後の伴走支援など、投資先の発掘から運営支援までを一貫してサポートしました。

融資・出資・コンサルティングという異なる機能を持つ3社が連携することで、個別の施設再生ではなく、エリア全体の活性化を促す「連鎖的な投資」が可能になったのです。

恩湯再建の成功、そして次なる課題「六角堂」へ

ファンドの第1号投資先となったのが、温泉街のシンボルである立ち寄り湯「恩湯」でした。開湯から600年にわたり、地域の人々に親しまれてきた山口県最古の温泉ですが、施設の老朽化や利用客の減少により、2017年5月に公設公営での営業を終了していました。YMFG3社は連携して、恩湯を承継する長門湯守株式会社に対して融資とファンドを通じた資金提供を実施。地域の若手たちによる再建を支援し、2020年3月のリニューアルオープンを実現しました。

 

生まれ変わった恩湯は、温泉街全体が好転する起点となります。しかし、再び賑わいを取り戻しつつあった温泉街の中心部には、なお解決すべき課題が残されていました。恩湯から徒歩30秒の場所に佇む、1902年創業の老舗旅館「六角堂」。120年以上の歴史を誇るこの旅館は、後継者不在という深刻な問題を抱えていたのです。

3.老舗旅館「六角堂」承継、そして新たな船出へ

1902年の創業以来、温泉街の中心で120年以上の歴史を刻んできた老舗旅館「六角堂」。長年一人で経営を続けてきたオーナーが、後継者不在という課題を前に相談を持ち掛けたのが、地元金融機関である山口銀行でした。相談を起点に、話は温泉街のリブランディングを担う長門湯本温泉まち株式会社へと広がり、立ち寄り湯「恩湯」の再建で機能したYMFG3社連携の枠組みを、六角堂承継にも活用することになりました。

パートナー・株式会社Stapleとの共同出資

プロジェクトのパートナーとして白羽の矢が立ったのが、株式会社Staple(広島県尾道市)でした。Stapleは、広島・瀬戸田と東京・日本橋に拠点を置き、「ローカル」と「都市」を繋ぐ企画・不動産開発・運営を手がける企業。宿泊施設や飲食店の運営を通じて、地域の魅力を引き出してきた実績があります。

YMFGとStapleは、長門湯本温泉まちづくりファンドを活用して株式会社SOIL Nagatoyumotoを共同設立。山口銀行は融資とメインバンクとしての支援を行い、YM-ZOPは社外取締役の派遣とコンサルティング、YCAPはファンドを通じた出資と監査役派遣を実施しました。総事業費約10億円を投じた大規模リノベーションにより、老舗旅館「六角堂」は新たな複合施設として生まれ変わることになりました。

4.「温泉街とつながる宿」が生んだ13億円の経済的インパクト

2025年3月15日、複合施設「SOIL Nagatoyumoto」がグランドオープンしました。全24室の客室に加え、サウナ、レストラン、アクティビティセンターを備えた新しい宿。そのコンセプトは「温泉街とつながる宿」です。施設の中ですべてが完結するのではなく、長門湯本のまちや自然、地域の人々と”つながる”設計が特徴です。

施設内で完結しない、まちへ開かれた設計

SOIL Nagatoyumotoには、あえて大浴場を設けていません。宿泊者は、徒歩30秒の立ち寄り湯「恩湯」に無料で何度でも入浴できます。6階のリバービューサウナで身体を温め、外気で呼吸を整え、恩湯へ向かう。「湯−熱−外気−まち」がひとつの流れとなって巡る、この土地ならではの回遊リズムが生まれています。

1階のイタリアンレストラン「TARU」では、地元で採れた野菜や日本海の魚介、山の恵であるジビエなど、長門の食材を薪窯で焼き上げるピッツァとともに提供。アクティビティセンターでは、萩焼の窯巡りや森林散策、生産者の工房見学など、地元住民の案内で地域を知る体験プログラムも用意されています。

 

施設が掲げるテーマは「自然育」「食育」「湯育」の3つ。これは、人の流れと体験を温泉街全体へと広げることで、宿泊施設だけではなくまち全体の魅力に触れていただくことを目指すものです。

新たな客層の来訪と、13億円の経済的インパクト

開業後、温泉街には確かな変化が生まれています。若い女性や親子連れなど、これまでとは異なる層の来訪が増加。温泉街のリニューアルに合わせて新たな店舗も続々とオープンし、まち歩きを楽しむ人々の姿が戻ってきています。YMFGが算出した本プロジェクトによる地域との経済的インパクトは13億円。老舗旅館の再生という「点」の取り組みが、温泉街全体という「面」の活性化に繋がった成果といえるでしょう。

 

株式会社YMFG ZONEプラニング
課長 後 伊織

後継者不在という地域課題に対し、グループ一丸となって実現した事業再生プロジェクトです。共同事業パートナーの発掘には長い時間を要しましたが、長門湯本温泉まち㈱や地域のキーマンと連携することでStapleと巡り合うことができました。

リニューアルオープンを迎えるまでには多くのハードルもありましたが、実現できた要因としては、まち・行政・民間が一体となってまちづくりを進め新たな事業者を寛大に受け入れる地域性とStapleの地域への想いがマッチしたこと、それに加え地域金融グループが一体となってご支援できたことだと思います。

エリアの風景が変わり多種多様な観光客が訪れる流れが生まれてきています。地域への誘客力をさらに高め、日本有数の温泉地になることを目指し引き続き関与していきたいと思います。

 

株式会社Staple 代表取締役
岡 雄大

長門湯本では、地元キーマンの推薦を受け、YMFGと合弁会社を設立。融資・出資・コンサル機能が一体となった体制のもと、金融機関を“貸し手”ではなく“共にリスクを取る当事者”として巻き込みました。地域金融機関と覚悟を共有することで、通常の枠を超えた挑戦的な投資と持続的な伴走体制が実現しました。
恩湯再建やSOIL Nagatoyumoto開業を契機に、宿泊客が街へ出る「そぞろ歩き」の流れが生まれ、新たな客層や若い世代の来訪が増加しました。館内完結型から街全体で価値をつくる構造へと転換が進んでいます。今後は、金融とファンを巻き込んだ持続可能な資金循環を構築し、「世界の裏側からでも訪れたくなる目的地」へと進化していくことを目指します。

5.日本有数の温泉地を目指して

恩湯、そして六角堂。長門湯本温泉まちづくりファンドを通じた連鎖的な投資は、温泉街に新たな息吹をもたらしました。個別施設の再生に留まらず、エリア全体の価値を高める「観光まちづくり」の実践例として、全国の観光地から注目を集めています。

融資だけでなく、コンサルティング、出資、さらには経営参画まで、YMFGが地域金融グループの総合力を発揮した本プロジェクト。その根底にあるのは、地域とリスクを共有し、同じ目線で未来を描きながら、共に成長を目指す、まさに「同舟共命」の姿勢です。今後も、地域の魅力的な店舗やアクティビティをさらに充実させ、誘客力を高めることで、長門湯本温泉を日本有数の温泉地へ。音信川のせせらぎに沿って広がるこの小さな温泉街の未来を、YMFGは地域と共に描き続けていきます。